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トリノ王立歌劇場  椿姫(ラ・トラヴィアータ)2010.8.29(木) 東京文化会館

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トリノ王立歌劇場
ヴェルディ作曲
椿姫(ラ・トラヴィアータ)
2010.8.29(木) 東京文化会館

ヴィオレッタ:ナタリー・デセイ
アルフレード:マシュー・ポレンザーニ
ジェルモン:ロラン・ナウリ
フローラ:ガブリエッラ・スボルジ
アンニーナ:バルバラ・バルニェージ
ガストン子爵:エンリーコ・イヴィッリャ
ドゥフォール男爵:ドナート・ディ・ジョイア
ドビニー侯爵:マリオ・ベッラノーヴァ
医師グランヴィル:マッティア・デンティ
ジュゼッペ:サビーノ・ガイタ
フローラの使用人:マルコ・スポルテッリ
手紙を渡す男:トルコ・トニョッツィ

踊り:シモーナ・トスコ,ルカ・アルベルティ

指揮:ジャナンドレア・ノセダ
演出:ジュゼッペ・パトローニ・グリッフィ
合唱指揮:ロベルト・ガッビアーニ

トリノ王立歌劇場管弦楽団・合唱団

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トリノ二日目 椿姫行って参りました。
結論を先に言ってしまうと ボエームより椿姫のほうが楽しめはしました……が……という感じ。


では 具体的に感想を書いていきます。

本日の公演 ぺリによる演出ですが デセイ(のキャラクターと表現)あってして完成する… デセイのためのデセイによるデセイだけの椿姫だったと思います。
なので まずデセイについてから書きますと……
まず調子については 本調子といかないまでも 役に入り込んだ歌唱と演技、現代でも最高水準の装飾技巧など スター歌手に相応しいものでした。
特に 役に対する解釈と表現に於いては 今迄にない 新しく 且つ 説得力に満ちたヴィオレッタ像を創り上げていたと思いますし デセイの適正に全ての面で合った最高の選択をした…と思えるほどの相性の良さを感じました。

…では 最高のヴィオレッタである…と感じられたか?というと 実のところ まったくもって そうではなく
最高の選択が 最大限の効果を得ることが出来るとは限らない…
あるいは
デセイの歌手としての性質が 本質的に(あいくまで僕の考える)ヴィオレッタ像とは結びつかないものなのか…
等という むしろ (僕の中では)あらゆる面での高評価に相反する感想を得るに至る結果に…… 。


例をあげると…

まず全体を通して 残酷な運命に必死に逆らおうとするような部分が無いところ。
特に2幕では 修羅場となるはずの部分で か弱く また恨み節も少なく(認められないはずの)別れなくてはならないという状況を あっさり受け入れているかのような姿勢に見えました。
(それに合わせるかのようにジェルモンもエゴ丸出しの残酷な男という様相ではなく むしろ人が良く不甲斐無いとも思える役作りに感じられました。)

幾ら 説得力のある形にまでキャラクターが創り上げられているにしても 最終的には そのキャラクターが どのような劇的効果をもたらすのか?というのが キャラクターを活かすか?殺すか?に於いて最も大事で
その場面で言うならば やはり 必死に抵抗し抗おうとする悲痛の姿勢があってこそ(抗いきれず崩れ落ちたところに更に厳しい現実を突き付けるジェルモンがあってこそ)泣ける場面であり 最も求められている劇的効果だと思うのですよね……

また その場面に限らず 全体的に 『抗いながらも幸せになれない運命から逃れられない”道を踏み外した女"』というより『都合のいい女とか 言いなりで自分の人生を生きられない… ”自己破滅型の道から脱せられない女”』といった感じに(僕には)見えてしまい……
結果として 椿姫に求めている劇的効果を得られず 正直、全編を通して感傷に浸れなかったことが残念でした。

(本当は、もっと細かく書いていきたかったし、そうでないと伝わらないだろう…とも思いますが ちょっとキリが無さそうなので この程度に納めさせて貰おうと思います。)


さて他の主だった歌手に関してですが…

アルフレード役のポレンザーニに関しては 決して歌唱として悪くはないが デセイと呼応しているところもなく凡庸な歌唱……

ナウリのジェルモンは、流石に素晴らしい歌唱で デセイとも噛み合った役作りと歌唱でしたが 上で述べたように あまり精彩のあるものではありませんでした。
非常に素晴らしい歌唱を聴かせてくれる歌手なだけに 少々 勿体ないな…と感じましたね……

とりあえず そんなところ……


……で
演奏に関してですが 個人的には、なかなか良かったんじゃない…って感じです。

ノセダの指揮は、ボエーム同様 イタリアオペラ然とはしておらず ボエーム以上に適正的には ズレのある指揮だとは思いましたが
正直、あらゆる面で”ヴェルディの椿姫”という感じでもないので むしろ ボエームより そういった部分をマイナスに感じず聴くことが出来 むしろ好ましかったかなぁ?っ思いましたね。

合唱も 凄く高い水準であったとは思いませんが よくコントロールされていて効果的に歌われていたと思います。




あと ぺリの演出に関して 少し書いておくと…
愛と孤独をテーマにしているらしいですが それほどの強いメッセージは感じられませんでした。
まぁ 確かに ある意味で ヴィオレッタに限らず ”それぞれの愛と孤独の形”というのは 独自の形で表現さてているとは思いましたが……
舞台に関しては 墓石をイメージさせる土台が場面毎に変化していく部分が中核でしょうかね…
芝のある庭園である2幕… 芝から墓石の角が見え隠れしている様など 負の暗示として効果的であったと思うし
(今回の演出では 最終場面、ヴィオレッタ以外の出演者が皆 舞台から消えていき ヴィオレッタが孤独に絶命するという いわゆる『妄想オチ演出』でしたが)
墓石の上に白い布がかけられ 住む者のいない屋敷を思わせる(家具に白い布がかけられたよう)舞台により その場に訪れたアルフレード達だけではなく ヴィオレッタ自身までも実は既に存在していないのでは?と想像させるようなところも それなりに意味深で面白かったとは思いますが
ただ それ以上の細工という細工は無く どこまでいっても デセイの解釈による部分を上回るものがぺリ側のアイデアにおあったとは思えませんでした。



ま……
全体としてみれば
理想としているものとは掛け離れているにも関わらず 色々と考えさせられる非常に面白い公演だったと思いますし
足を運んだ甲斐は 十二分にあったと思います。




さて

次は、8月オーチャードのキャンディード。
僕、佐渡の指揮って 正直 苦手なんですけど…… 今回、イギリスで話題にもなっていたカーセンの演出なので どうしても見たかったんですよね……

余談ですが
9月のロイヤルオペラ来日の椿姫は行きません…… 現地でフレミング、ハンプソン、カレヤという面子で見てきてしまったので それ以上は期待できないだろうしマノンだけに絞りました。
因みに、今日の椿姫とは正反対の王道直球の椿姫で パッパーノのムキムキな演奏に 本日のデセイとは違った意味で卓越した演技に乗った歌唱を聴かせてくれるフレミングと 相変わらずエゴイスティックで一方的なジェルモン演じるハンプソン(あくまで定番演出だったのでザルツの映像ほど強烈ではなかったですが アルフレードを突き飛ばしたり 控え目ながらハンプソン…って感じでした。)
…と カレヤは 今日のポレンザーニよりは良かったかな……程度。
…でも こちらも結局は泣けなかったのよね…… かなり良かったとは思うのですが 演出のせいで どうしても控え目に演じられていたためでしょう。
今 改めて思い返しても 折角の役者が揃っていただけに残念だったですね……

ほんと なかなか思うようなコンサートってのには行きあたらないものです……

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30代半ば…… いや そろそろ後半と言ったほうがよいか?
既婚で一人娘の父です。
洋服のデザインなんぞをしたりする会社をやっていたりなんかします。
長いコト カメラで自分の写真を撮っていないので スカイプ中にwebカメラで撮ったものを……

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